大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和63年(ワ)9465号 判決

主文

一  被告は原告に対し金一八〇万円及びこれに対する昭和六三年九月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  事案の概要

一  請求

本件は、被告が原告を相手方として仮処分を申請したこと及び本案訴訟を提起したことが故意又は過失による不法行為を構成することを理由に、これによる損害として仮処分意議申立事件の提起追行及び本案訴訟の応訴並びに本件訴訟の提起追行に要した弁護士費用金二三〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年九月一八日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるという事案である。

二  争いのない事実

別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)はもと中谷文子が所有し、隣接地に居住していた被告がこれを使用占有していたものであるところ、中谷は、昭和五八年八月二二日被告に対し本件土地の明渡しを求める訴訟(東京地方裁判所昭和五八年(ワ)第八七〇六号事件、以下「別件訴訟」という。)を提起した。

しかし、中谷は昭和五九年五月一八日に死亡したため、その相続人である畑健介、米田直子及び岡田まり子の三名が本件土地を持分各三分の一の割合で相続するとともに、別件訴訟における原告の地位を承継した。

別件訴訟については昭和六〇年一月三〇日被告敗訴の判決が言い渡され、被告は同年二月六日これを不服として控訴(東京高等裁判所昭和六〇年(ネ)第二九二号事件)した。

ところが、有限会社フタミ商事は、右控訴事件係属中に前記畑ら三名から本件土地を買い受けた上、原告にこれを売り渡し、同年七月三〇日原告のために所有権移転登記を経由した。

右事実を知った被告は、前記岡田との間で同人が本件土地について有する持分三分の一(以下「本件持分」という。)を被告において買い受ける旨の合意を既にしており、かつ、原告はいわゆる背信的悪意者に該当するから登記なくして本件持分の取得を対抗できると主張し、同年八月二一日原告を債務者として、本件持分について処分禁止の仮処分の申請(東京地方裁判所昭和六〇年(ヨ)第五九八二号事件)をし、同年九月四日その旨の仮処分決定(以下「本件仮処分」という。)を得、同月五日その旨の登記がなされたため、原告は、原告訴訟代理人を代理人に委任して、同年一二月二七日本件仮処分決定に対する異議申立て(東京地方裁判所昭和六〇年(モ)第一九三九三号事件、以下「異議申立事件」という。)をした。

更に、被告は、昭和六一年二月二一日、原告を被告として、本件持分についての移転登記手続を求める本案訴訟(東京地方裁判所昭和六一年(ワ)第一九四七号事件、以下「本案訴訟」という。)を提起したため、原告は、原告訴訟代理人を代理人に委任して、これに応訴した。

ところで、前記控訴事件については、原告において、前記のとおり本件土地を買い受けたことに伴い、昭和六〇年一〇月二一日、前記畑ら三名に対しては本件土地が原告の所有であることの確認を求め、かつ、被告に対しては本件土地の明渡しを求めて当事者参加の申立事件(東京高等裁判所昭和六〇年(ネ)第二九〇九号事件)を提起していたところ、右事件については昭和六一年八月二〇日参加人である原告勝訴の判決が言い渡され、この上告事件(最高裁判所昭和六二年(オ)第二二六号事件)も昭和六二年五月二八日被告敗訴の判決が言い渡された。

また、本案訴訟についても同年三月二六日被告敗訴の判決が言い渡され、確定した。

被告は、同年八月一八日本件仮処分の申請を取り下げるに至り、その結果異議申立事件も終了した。

三  本件の争点

本件仮処分の申請及び本案訴訟の提起が被告の故意又は過失によるものといえるか否かが本件の争点である。

第二  争点に対する判断

〈証拠〉によれば、被告は、異議申立事件及び本案訴訟並びに別件訴訟の控訴審においても、本件仮処分の申請理由と同様、前記岡田との間で同人が有する本件持分を被告において買い受ける旨の合意を既にしており、かつ、原告はいわゆる背信的悪意者に該当するとして、原告に対し登記なくして本件持分の取得を対抗できる旨主張していたことが認められる。

ところで、〈証拠〉(本案訴訟の判決)によれば、東京地方裁判所は、「本件土地の売却を任されていた畑は、昭和六〇年三月、本件土地をフタミ商事に売り渡し、フタミ商事は、これを同年七月二〇日、被告に転売したものである。被告は、原告において、被告が岡田から本件持分を取得したのを知って、被告の権利を侵害するために本件土地の売買をしたと主張するようであるが、本件全証拠によってもこれを認めることができない。被告の主張によれば、被告が岡田から本件持分を買い受けたのは、昭和六〇年六月一九日というのであるが、原告代表者が本件土地の紹介を受けたのは同月の初旬であり、同月一七日には小池司法書士に書類の審査を依頼しているのであって、この時点までは被告の持分取得(これが仮にあったとしたらであるが)を知りようがない道理であるから、本件土地を買い受けようとしたことが被告の権利を妨害する意図のもとになされたのでないことは明らかである。そもそも、原告代表者が昭和六〇年七月二〇日までに被告と岡田の持分売買の事実を知っていたことを認めるに足る証拠もない。」旨判示した上、原告が背信的悪意者であるとする被告の主張を排斥していることが認められる。

また、〈証拠〉(別件訴訟の控訴審判決)によれば、東京高等裁判所は、「被告が岡田から本件持分を買い受けた旨の主張は、これを認めるに足りる証拠がなく、理由がない。被告は昭和六〇年六月一九日岡田と電話により代金五〇〇万円で本件持分を売買する旨合意し、同月二三日岡田宅まで右代金の内金三〇〇万円を持参したが、岡田から、サラ金業者が借金の取立てに来ているので、後日銀行口座に振り込んで欲しいと言われて、岡田の夫の銀行口座番号を聞いただけで帰り、翌二四日当該銀行口座に金三〇〇万円を振り込んだ旨供述し、被告による右金員振込みの事実は明らかである。しかし、右銀行口座は岡田の夫が不用意に被告に告げたもので、被告が金員を振り込む前に解約されていたことが認められるのであり、わざわざ支払のため持参した代金を右供述するような理由で持ち帰ったというのは直ちに首肯し難いこと、右供述のとおり岡田との間に売買の合意が成立していたのであれば、これを作成するのに支障となる事情が何ら窺われないのに契約書が作成されていないこと、当時既に本件土地はフタミ商事が買い受けており、別件訴訟の第一審判決に基づき本件土地の明渡しの仮執行も終了していたこと等に照らし、被告の本件持分を買い受けた旨の供述は到底信用に値しない。」旨判示した上、被告が岡田から本件持分を買い受けた旨の主張を排斥していることが認められる。

そして、〈証拠〉によれば、右各争点に関しては、当裁判所も、本案訴訟及び別件訴訟においてなされた右認定・判断と同一の認定・判断をすべきものと考える。

しかして、本件におけるように、本案訴訟において、仮処分決定を得てこれを執行した申請人敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、右申請人において当該仮処分を申請するについて自己に被保全権利が存在すると信ずるに足りる相当の事由があったことを立証しない限り、右申請人には少なくとも過失があったものと推定し、相手方の被った損害(この損害の中には右仮処分決定の執行それ自体によって被った損害のほか、相手方において右決定に対し異議申立てをし、これを追行するのに要した弁護士費用も含まれるものと解すべきである。)を賠償させるのが公平の理念に合意するものというべきところ、被告が本件仮処分を申請するにつき、岡田から本件持分を買い受ける旨の合意を既にしており、かつ、原告が背信的悪意者に該当するとして、自己に被保全権利が存在するものと信じたとしても、本件全証拠によっても、被告の右仮処分申請につき先に述べた過失の推定を覆すに足りる相当の事由があったものと認めることはできない。

また、本案訴訟及び別件訴訟においてなされた認定・判断が前示のとおりの内容であることに加え、被告は本件仮処分申請と同様の理由により本案訴訟を提起したものであり、被告の右仮処分申請には少なくとも過失があったものと推定されることをも合わせ考えれば、被告が本案訴訟を提起するについても、本件土地について自己に実体上の権利のないことを容易に知り得べき事情にあったのに、これを怠り、軽率・不十分な調査のまま訴えの提起に及んだ者として、過失の責を免れないものといわざるを得ない。

してみると、被告がした本件仮処分の申請及び本案訴訟の提起は、いずれも原告に対する不法行為を構成するものといわざるを得ず、被告は、これによって原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

そこで、原告主張の損害について検討するに、〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件仮処分に対抗するためにやむなく異議申立事件の提起追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任し、また、被告より本案訴訟を提起されたことから、右同様原告訴訟代理人に委任してこれに応訴し、更に、これらにより原告が被った損害の支払に被告が任意に応じなかったことから、本件訴訟の提起追行を原告訴訟代理人に委任しているところ、右各事件に係る着手金及び成功報酬として原告訴訟代理人に対し、異議申立事件につき各金三〇万円、本案訴訟につき各金四〇万円、本件訴訟につき各金四〇万円、以上合計金二二〇万円の支払を約し、右金員のうち本件訴訟に係る成功報酬以外は既に支払ずみであることが認められる。右認定に加え、右各事件の事案の難易度、係争物件たる本件土地(本件持分)の価格その他諸般の事情を斟酌すれば、前示不法行為と相当因果関係にある損害として被告に請求できる弁護士費用の金額は金一八〇万円と認めるのが相当である。

よって、原告の本訴請求は、右弁護士費用金一八〇万円及びこれに対する不法行為の日の後であることが明らかな昭和六三年九月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当として棄却すべきである。

(裁判官 土肥章大)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例